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大阪高等裁判所 昭和25年(う)2251号 判決

被告人

朴達根

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所伊丹支部に差し戻す。

理由

職権で調査するに、原判示第一事実の要旨は、被告人は橋本俊嗣に対し、予て金十万円の出金方を強要し同人をして支払に関する誓約書を差入れさせてあつたのを奇貨とし、これが支払方につき恐喝し同人が金寿万に対しもつていた金四万四千円の債権を取得したというに帰する。

しかし恐喝利得罪が成立するがためには、他人を恐喝して不法に財産上の利益を得ることが必要であるから、他人に対し法律上権利を有するものがその権利実行の手段として他人を恐喝しても恐喝罪を構成しないものと解するのが相当である。

従つて被告人が橋本に対し真実十万円の債権を有していたものとすれば、前叙の理により恐喝利得罪は成立しないし、右債権なるものは実は存在せず若くは無效であるような場合に、はじめて恐喝利得罪が成立する筋合であるのに拘らず、原判示を通読してもこの間の消息は必ずしも明白ではないし、記録を精査するもこの点を明確に判定すべき資料は十分とはいい難い。

即ち例えば、橋本が被告人の脅迫により全然無因の債務を負担する書面を差入れたとか、意思表示が公序良俗に反する事項を目的としたものであつたり(民法第九十条)相手方の知り得たような非真意の意思表示に過ぎないような場合(同第九十三条)であれば誓約書差し入れに拘らず、被告人に債権がないもの(または無效)といい得るであろう。しかしこれに反し(イ)橋本が被告人等との人造ヂグス取引に関し生じた犧牲として本来契約上責任を負担すべきものであり誓約書は単にこれを確認したに過ぎないような場合、あるいは(ロ)その点に争があつたのを協定の結果橋本において支払責任を認めたものであるような場合(民法第六百九十六条)、または橋本が見舞の趣旨において贈与契約上の債務を負担したような場合においては債務は有效に存在するのであり、若し右(ロ)(ハ)の契約が強迫に基くものであつたとしても相手方に対する取消の意思表示(民法第九十六条第一項)があるまでは瑕疵あるまま一応有效に存在し当然には無效と断じ得ない筋合である。

従つて基本債権の存否(または有效なりや否)に関する明白な判示なく、また以上のごときこれが存否等を明確にするに必要な諸点に関する資料が十分でない以上、被告人の原判示第一の所為がはたして、恐喝利得罪を構成するや否やを判定するに由なく、畢竟原判決は理由不備の違法あるものといわざるを得ない。

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